鹿児島の伝・真田幸村の墓に行ってきました~!!
2015年04月16日
約4年近くの期間を経てこのブログに戻ってまいりました!!
(`・ω・´)ゞ
完全にブログの更新を辞めたわけではなかったのですが「メンドクサイ」や「更新する時間が無い」など様々な自分勝手な理由により更新していませんでした。
ですが最近になり仕事もだいぶ安定して自分の時間というものがある程度確保できるようになった今日この頃・・・・「最近、やってることを日記がてらブログで発信していこうか・・・」と思うようになりこのたび再開することにしました。
このブログに関しては完全に自己満足な感じになると思いますのでよろしくお願いします!!まぁ・・・過去の記事を見てもらえればわかると思いますが過去の自分も自己満足ですがねww
さて本題に入りましょう!!
今回の小旅行の大きな目的は最近はゲームやアニメなどの影響で「親方様ァーーーーー!!」で有名な真田幸村信繁の墓を訪ねてみようというのが目的でした。
そしてひとつ説明を入れておきますと、筆者のこういった散策のやり方としてあくまで目的の場所、もしくは方向のみを決めて道中の看板や標識を見ながら面白そうな場所があれば訪れていくというふらふら道中記になります。
また、私自身が鹿屋に仕事の関係で住んでいるということもありますので鹿屋からの道中記になります。
筆者は歴女でもどっぷりはまった歴史オタでもないので所々、引用したりにわか知識だったりしますので間違ってたりしたら申し訳ありません。
最終目的地の説明をしますと戦国武将の一人、大阪夏の陣において徳川方から『日本一の兵』とも賞賛された真田幸村信繁の『伝』・真田幸村の墓を訪ねるわけです。
実はこの真田幸村の墓・・・上記に『伝』と書いたとおり日本中に真田幸村の墓とされる場所が8箇所あると伝えられており本当の墓所はどこなのかはまだ謎なのだそうです。
墓所と伝説として語られているのを列挙してみました
●龍安寺塔頭大珠院(京都府京都市)
●田村家墓所(宮城県白石市)
●長国寺(長野県長野市
●孝顕寺(福井県福井市)
●妙慶寺(秋田県由利本荘市)
●田原家私有林墓石(鹿児島県南九州市頴娃町牧ノ内の雪丸地区)
●お篭もり堂(長崎県南島原市西有家町)
●一心院(秋田県大館市)
真田信繁wikiより
細かい場所についてもどんどん追求していきたいところではありますが、今回の旅行の説明を優先するため『田原家私有林墓石』のみを紹介していきたいと思います。
伝説として残っている事として『幸村薩摩落ち伝説』というのが残っているそうで、簡易的に書きますと大阪夏の陣において死亡していたのではなく生存していたとされて、さらに豊臣秀頼と共に鹿児島の頴娃町で生き延びていたという郷土史が残っているそうです。
まぁ難しい説明に関しては私の専門外なのでこちらを確認していただければと思います。
旅行の話をしていきましょう!!
まず大隅地方から薩摩地方に移動してなおかつ砂むし温泉で有名な指宿近くまで移動するため山川・根占フェリーに乗り込みます。

フェリーまでの道中ですね、旅行を行ったのが桜が開花するちょっと前のためこんな感じの開花状況でした。
またそのうち大隅にも桜で満開な場所で有名なところもあるのでそこの紹介も載せれたらなと思います。
あ、ちなみに私自身が車の免許を持っていないため原付ツーリングになるため少々大変でしたw
まぁでも原付でこれまでいろいろな場所に行ってるせいで苦にはまったくならないですし、防寒装備はしっかりとしておりますので車で行くよりもまったりとした旅になりましたねw
さて鹿屋より根占まで山中をとおり根占のフェリー港に到着





このまったり感がたまらないですね~・・・周りは漁港となっており港に着いたのが朝ということもあって海の男たちがせっせと働いている様子が見て取れました。
それでこちらがフェリーからの風景です

私はいつも鴨池・垂水フェリーを頻繁に利用するため少し舐めてたことがあったのですが鴨池・垂水間のフェリーより山川・根占間のフェリーは船体が小さいため揺れが少し大きいように感じました・・・そのためちょっとだけ・・・
ぅ゙ぉぇぇぇ
∧_∧
〃 (|i ´r`)
/ つ ィ;゚;δ゚,
⊂こ_)_);:゚。o;:゚。
,;;。:;゚。o,
まぁ本当にちょっとだけだったのでフェリーを降りたあと原付で走ってたらすぐに回復しましたけどねw
山川の港に着き、あとは頴娃町を目指すためひたすら一直線の道路を突き進むわけですがやはり爽快ですねw
田舎とは言っても主道路のひとつため車の行き来はけっこうありましたが原付のスピードでまったりといくのはすばらしいと再実感・・・ですがスピードの出しすぎには気をつけてくださいね・・・やはり開放感が出るせいかスピードを出す車を多く見かけましたしパトカーも・・・・ヒイィィィ!!!!(゚ロ゚ノ)ノ
道中を開門岳を観ながら進んでいくと(開門岳の写真撮るの忘れてました・・・orz)、
『長崎鼻パーキングガーデン』
と
『フラワーパーク鹿児島』
の看板が・・・これは行くしかないだろう!!ということで寄り道決定!!
ですが今回立ち寄ったのはフラワーパーク鹿児島のみです・・・時間的にもっと都合がつければよかったのですが長崎鼻パーキングガーデンは断念wいちおう小さいころに父親に連れられてよく来た思い出があるのであまり寄ったことの無いフラワーパークに寄りました。
フラワーパークの園内としては洋式の庭園といった雰囲気で・・・












綺麗な庭園をまわることができとても目の保養になりましたね・・・ですが目の保養以上に・・・
彼女がほしぃぃぃぃぃぃぃぃぃい!!
といった形で精神ががががg・・・('、3_ヽ)_
鹿屋にもバラ園という有名な場所がありそちらにも行ったことがありますがそちらも同じような精神状態に・・・
彼女がいればキャッキャウフフしながら庭園まわれるんでしょうね・・・( -_-)
リア充なんて・・・リア充なんて・・・爆発しろぉぉぉ(;Д;)
まぁそんなこんなで充分に楽しませていただきましたw目の保養になったのは事実ですよ?w
もし『彼女がおられる方』(ココ重要!!)は近くまで観光にこられた際は寄ってみるのも一見の価値ありですよ
場所に関してはコチラからどうぞ!!
さて寄り道も終わり元の道路に戻ってまったり道中を再開・・・開門岳を横目に頴娃町に入り海岸線のルートから山中に入るルートに入り目的地の頴娃町牧ノ内雪丸地区へ!!
ここでもしこのブログを観られて真田幸村の墓に訪れてみようという方がおられましたら注意をしておきます。
まず、場所的にどこにでもあるのどかな山村です。
なので騒ぎながら訪れるというのはモラル的にNG行為に当たると思われますし、周囲を荒らしていくなんてもっての外です。
また真田幸村の墓とされる場所は私有林の中にあります。
山の権利者の好意によって一般開放されているということを頭に入れておきましょう、私の推測になりますが過剰にゴミが増えてしまったり、私有林が荒らされるといった形になってしまえば立ち入り禁止なんていうのもありえる話ですので気をつけてください。
さて、本題に戻りましょう
雪丸地区に入りますと道路の角などにこういった看板が貼ってあったりします。

こういった看板の道しるべをたよりに山へ向かっていくと・・・


ここが伝・真田幸村の墓の入り口になります
また、ここからは林の中になるので車・バイクではこの先は通れません。
そのため、ちょっとした登山になるのですがここでありがたいものが入り口に・・・

雪丸地区の雪丸育成会の方が置いてくれている杖がまとめてあります。
本当にこの杖にはお世話になりましたのでここで借りていくことをお勧めします。
雪丸地区の方、この場をお借りして本当にありがとうございます!!m(_ _)m
写真には残していないのですが道中はかなり凸凹の道だったり、高い段差があったりなどしますので靴に関しても運動靴などの動きやすい服装がベストです。むしろそれ以外の服装だと怪我しますので注意してください。
運動不足もあってか多少息切れを起こしながら少し長い山中を行くと・・・・

キタァァァァァァアァァァァァァァ!!
ここが『伝・真田幸村の墓』になります!!
写真を見ていただければお分かりだと思いますが本当にまわりは林の中にあり、私は昼間に辿り着けたので明るい雰囲気の中訪れることができましたが夕方など日が暮れてからだとかなり怖い雰囲気になりそうな場所なのでお勧めとしては昼間がベストです。それに先ほども記載しましたが地面がかなり荒れているので地面を確認しながらという意味でも昼間ですね。
私の贔屓目があるとは思いますが、とても厳かでピリッと張り詰めた雰囲気がある場所で「さすが真田幸村信繁の墓だ・・・」と思わされました。ここでお酒の一本でも供え物があれば良かったのですが、そこまでの考えが無く辿り着いたときに思い出すという不甲斐ない結果に・・・orz
まぁお供えとして置いて物が増えても駄目だろうしなぁと良い方向に思いつつ、簡単に手を合わせておきました。
一応お墓のそばに地方新聞にこのお墓が掲載された看板がありそれもパシャリと・・・

さすがに文字までは読み取れませんね・・・
真田幸村のお墓に訪れた際はこの記事を読んでみることをお勧め致します。
ここからは個人的な話になるのですが実は私自身が小学1~3年の間、この雪丸地区近くにある一倉小学校という学校に通っていたのですがこんな近くに歴史上有名な方の墓があるとは小さい頃はまったく知りませんでしたね。
本当に偶然なんでしょうけど、面白いちょっとしたつながりがあるんだなぁと思う今日この頃でした・・・。
これにて『伝・真田幸村の墓』の旅について話は終わりです。
個人的にとても素晴らしい経験だったと思います。まず歴史上でかっこいいと思っていた真田幸村の墓の一つが自分が住んでいる鹿児島にもあるということが意外でしたし、実際に訪れてその墓を実感できるということが真田幸村が好きな人間として良い体験でした。
2016年には真田幸村をスポットに当てた大河ドラマも始まるとのことで、興味をもたれた方は訪れてみるのも良いのではないでしょうか。
(`・ω・´)ゞ
完全にブログの更新を辞めたわけではなかったのですが「メンドクサイ」や「更新する時間が無い」など様々な自分勝手な理由により更新していませんでした。
ですが最近になり仕事もだいぶ安定して自分の時間というものがある程度確保できるようになった今日この頃・・・・「最近、やってることを日記がてらブログで発信していこうか・・・」と思うようになりこのたび再開することにしました。
このブログに関しては完全に自己満足な感じになると思いますのでよろしくお願いします!!まぁ・・・過去の記事を見てもらえればわかると思いますが過去の自分も自己満足ですがねww
さて本題に入りましょう!!
今回の小旅行の大きな目的は最近はゲームやアニメなどの影響で「親方様ァーーーーー!!」で有名な真田幸村信繁の墓を訪ねてみようというのが目的でした。
そしてひとつ説明を入れておきますと、筆者のこういった散策のやり方としてあくまで目的の場所、もしくは方向のみを決めて道中の看板や標識を見ながら面白そうな場所があれば訪れていくというふらふら道中記になります。
また、私自身が鹿屋に仕事の関係で住んでいるということもありますので鹿屋からの道中記になります。
筆者は歴女でもどっぷりはまった歴史オタでもないので所々、引用したりにわか知識だったりしますので間違ってたりしたら申し訳ありません。
最終目的地の説明をしますと戦国武将の一人、大阪夏の陣において徳川方から『日本一の兵』とも賞賛された真田幸村信繁の『伝』・真田幸村の墓を訪ねるわけです。
実はこの真田幸村の墓・・・上記に『伝』と書いたとおり日本中に真田幸村の墓とされる場所が8箇所あると伝えられており本当の墓所はどこなのかはまだ謎なのだそうです。
墓所と伝説として語られているのを列挙してみました
●龍安寺塔頭大珠院(京都府京都市)
●田村家墓所(宮城県白石市)
●長国寺(長野県長野市
●孝顕寺(福井県福井市)
●妙慶寺(秋田県由利本荘市)
●田原家私有林墓石(鹿児島県南九州市頴娃町牧ノ内の雪丸地区)
●お篭もり堂(長崎県南島原市西有家町)
●一心院(秋田県大館市)
真田信繁wikiより
細かい場所についてもどんどん追求していきたいところではありますが、今回の旅行の説明を優先するため『田原家私有林墓石』のみを紹介していきたいと思います。
伝説として残っている事として『幸村薩摩落ち伝説』というのが残っているそうで、簡易的に書きますと大阪夏の陣において死亡していたのではなく生存していたとされて、さらに豊臣秀頼と共に鹿児島の頴娃町で生き延びていたという郷土史が残っているそうです。
まぁ難しい説明に関しては私の専門外なのでこちらを確認していただければと思います。
旅行の話をしていきましょう!!
まず大隅地方から薩摩地方に移動してなおかつ砂むし温泉で有名な指宿近くまで移動するため山川・根占フェリーに乗り込みます。

フェリーまでの道中ですね、旅行を行ったのが桜が開花するちょっと前のためこんな感じの開花状況でした。
またそのうち大隅にも桜で満開な場所で有名なところもあるのでそこの紹介も載せれたらなと思います。
あ、ちなみに私自身が車の免許を持っていないため原付ツーリングになるため少々大変でしたw
まぁでも原付でこれまでいろいろな場所に行ってるせいで苦にはまったくならないですし、防寒装備はしっかりとしておりますので車で行くよりもまったりとした旅になりましたねw
さて鹿屋より根占まで山中をとおり根占のフェリー港に到着





このまったり感がたまらないですね~・・・周りは漁港となっており港に着いたのが朝ということもあって海の男たちがせっせと働いている様子が見て取れました。
それでこちらがフェリーからの風景です

私はいつも鴨池・垂水フェリーを頻繁に利用するため少し舐めてたことがあったのですが鴨池・垂水間のフェリーより山川・根占間のフェリーは船体が小さいため揺れが少し大きいように感じました・・・そのためちょっとだけ・・・
ぅ゙ぉぇぇぇ
∧_∧
〃 (|i ´r`)
/ つ ィ;゚;δ゚,
⊂こ_)_);:゚。o;:゚。
,;;。:;゚。o,
まぁ本当にちょっとだけだったのでフェリーを降りたあと原付で走ってたらすぐに回復しましたけどねw
山川の港に着き、あとは頴娃町を目指すためひたすら一直線の道路を突き進むわけですがやはり爽快ですねw
田舎とは言っても主道路のひとつため車の行き来はけっこうありましたが原付のスピードでまったりといくのはすばらしいと再実感・・・ですがスピードの出しすぎには気をつけてくださいね・・・やはり開放感が出るせいかスピードを出す車を多く見かけましたしパトカーも・・・・ヒイィィィ!!!!(゚ロ゚ノ)ノ
道中を開門岳を観ながら進んでいくと(開門岳の写真撮るの忘れてました・・・orz)、
『長崎鼻パーキングガーデン』
と
『フラワーパーク鹿児島』
の看板が・・・これは行くしかないだろう!!ということで寄り道決定!!
ですが今回立ち寄ったのはフラワーパーク鹿児島のみです・・・時間的にもっと都合がつければよかったのですが長崎鼻パーキングガーデンは断念wいちおう小さいころに父親に連れられてよく来た思い出があるのであまり寄ったことの無いフラワーパークに寄りました。
フラワーパークの園内としては洋式の庭園といった雰囲気で・・・












綺麗な庭園をまわることができとても目の保養になりましたね・・・ですが目の保養以上に・・・
彼女がほしぃぃぃぃぃぃぃぃぃい!!
といった形で精神ががががg・・・('、3_ヽ)_
鹿屋にもバラ園という有名な場所がありそちらにも行ったことがありますがそちらも同じような精神状態に・・・
彼女がいればキャッキャウフフしながら庭園まわれるんでしょうね・・・( -_-)
リア充なんて・・・リア充なんて・・・爆発しろぉぉぉ(;Д;)
まぁそんなこんなで充分に楽しませていただきましたw目の保養になったのは事実ですよ?w
もし『彼女がおられる方』(ココ重要!!)は近くまで観光にこられた際は寄ってみるのも一見の価値ありですよ
場所に関してはコチラからどうぞ!!
さて寄り道も終わり元の道路に戻ってまったり道中を再開・・・開門岳を横目に頴娃町に入り海岸線のルートから山中に入るルートに入り目的地の頴娃町牧ノ内雪丸地区へ!!
ここでもしこのブログを観られて真田幸村の墓に訪れてみようという方がおられましたら注意をしておきます。
まず、場所的にどこにでもあるのどかな山村です。
なので騒ぎながら訪れるというのはモラル的にNG行為に当たると思われますし、周囲を荒らしていくなんてもっての外です。
また真田幸村の墓とされる場所は私有林の中にあります。
山の権利者の好意によって一般開放されているということを頭に入れておきましょう、私の推測になりますが過剰にゴミが増えてしまったり、私有林が荒らされるといった形になってしまえば立ち入り禁止なんていうのもありえる話ですので気をつけてください。
さて、本題に戻りましょう
雪丸地区に入りますと道路の角などにこういった看板が貼ってあったりします。

こういった看板の道しるべをたよりに山へ向かっていくと・・・


ここが伝・真田幸村の墓の入り口になります
また、ここからは林の中になるので車・バイクではこの先は通れません。
そのため、ちょっとした登山になるのですがここでありがたいものが入り口に・・・

雪丸地区の雪丸育成会の方が置いてくれている杖がまとめてあります。
本当にこの杖にはお世話になりましたのでここで借りていくことをお勧めします。
雪丸地区の方、この場をお借りして本当にありがとうございます!!m(_ _)m
写真には残していないのですが道中はかなり凸凹の道だったり、高い段差があったりなどしますので靴に関しても運動靴などの動きやすい服装がベストです。むしろそれ以外の服装だと怪我しますので注意してください。
運動不足もあってか多少息切れを起こしながら少し長い山中を行くと・・・・

キタァァァァァァアァァァァァァァ!!
ここが『伝・真田幸村の墓』になります!!
写真を見ていただければお分かりだと思いますが本当にまわりは林の中にあり、私は昼間に辿り着けたので明るい雰囲気の中訪れることができましたが夕方など日が暮れてからだとかなり怖い雰囲気になりそうな場所なのでお勧めとしては昼間がベストです。それに先ほども記載しましたが地面がかなり荒れているので地面を確認しながらという意味でも昼間ですね。
私の贔屓目があるとは思いますが、とても厳かでピリッと張り詰めた雰囲気がある場所で「さすが真田幸村信繁の墓だ・・・」と思わされました。ここでお酒の一本でも供え物があれば良かったのですが、そこまでの考えが無く辿り着いたときに思い出すという不甲斐ない結果に・・・orz
まぁお供えとして置いて物が増えても駄目だろうしなぁと良い方向に思いつつ、簡単に手を合わせておきました。
一応お墓のそばに地方新聞にこのお墓が掲載された看板がありそれもパシャリと・・・

さすがに文字までは読み取れませんね・・・
真田幸村のお墓に訪れた際はこの記事を読んでみることをお勧め致します。
ここからは個人的な話になるのですが実は私自身が小学1~3年の間、この雪丸地区近くにある一倉小学校という学校に通っていたのですがこんな近くに歴史上有名な方の墓があるとは小さい頃はまったく知りませんでしたね。
本当に偶然なんでしょうけど、面白いちょっとしたつながりがあるんだなぁと思う今日この頃でした・・・。
これにて『伝・真田幸村の墓』の旅について話は終わりです。
個人的にとても素晴らしい経験だったと思います。まず歴史上でかっこいいと思っていた真田幸村の墓の一つが自分が住んでいる鹿児島にもあるということが意外でしたし、実際に訪れてその墓を実感できるということが真田幸村が好きな人間として良い体験でした。
2016年には真田幸村をスポットに当てた大河ドラマも始まるとのことで、興味をもたれた方は訪れてみるのも良いのではないでしょうか。


